■  公的医療保険による歯科矯正治療について  

 医療の歴史の中で,歯列矯正という歯並びや顔貌を治療する価値は,それぞれの国家やその地域社会における文化背景の中で培われてきました.グローバル社会となった現代においても,健康に対する文化概念・価値は多様であり,優先順位も様々です.

 歯並びや顔貌は,健康で文化的,平穏,安心な生活を送りたいという現代人の願望の中で,「心の問題(精神的)」,「体の問題(肉体的)」,そして「外見上の問題(社会的 Social handicap)」に影響を与え,well-being 健康上の問題であることに異論はないでしょう.

「健康とは,病気でないとか,弱っていないということではなく,肉体的にも,精神的にも,そして社会的にも,すべてが満たされた状態 well-being にあることをいいます.WHO憲章:日本WHO協会訳)

 本邦の歯列矯正という医療分野は,歴史的・文化背景からも,その社会的な価値や医療概念に関する学問体系,すなわち医療福祉の側面においては,まだ改善すべき課題が多く残されています.「外見上の問題 Social handicap: 醜」という見た目に対する well-being 健康の意識,病気 / 疾病 に対する「日本人の病気観」は,グローバル社会の中においても西洋諸国とは異なった独特な価値観があります.西洋諸国における社会保障制度;医療としての矯正歯科の位置

 明治期に西洋歯科医学が伝来導入され,戦後の国民皆保険制度(1961)を経て,社会状況の変化・国民生活や文化意識の向上によって,1982年(昭和57年)に「唇顎口蓋裂の歯列矯正治療」が公的医療保険制度に適応されました.☛ 口蓋裂と矯正歯科―その保険導入の前後

 これ以降も,適応範囲は徐々に拡大され,現在では以下の63疾患に起因する不正咬合や顔貌の改善が,公的医療制度の対象として法令整備され現在に至っています.診療報酬点数表に基づいて算定されるため,診療所によって治療費が変わることはありません.厚生労働省告示 別表第二 歯科点数表 第13部 歯科矯正 p.75~78)

 また,学校健診で歯列矯正の受診勧奨を受けた場合の相談料・検査料は保険適用になりますので,「歯・口腔の健康診断のお知らせ」  を必ずお持ちください.

 現在,歯科矯正での公的医療保障の適用範囲の根拠は以下の2つとされています.諸外国(国民皆保険,Universal health care 制度が存在する国々)と比較すると,我国における歯科矯正医療の公的医療保険適用範囲は狭く,徐々に拡大はされてはいますが,今後も健康/医療の概念によって変わりうるものです.われわれ医療提供者側も,費用負担の面から治療開始を断念される多くの患者の存在を日常的に遭遇承知しています.

 すべての人々が適切で基礎的な口腔の保健医療サービスを,必要なときに負担可能な費用で享受できるよう,健康格差の社会的要因,制度是正がなされることを望んでいます.どうぞご理解頂きますようお願い申し上げます.

〇 歯科矯正治療は不正咬合(歯並びが悪い)患者に対する治療であるが、咀嚼機能の改善と同時に、審美的(美容的)要素も大きいため、原則的に保険給付外となっている。
〇 ただし、疾患に起因する咬合異常が認められる場合3歯以上の永久歯萌出不全又は顎変形症(顎離断等の手術を必要とするものに限る)に限り、保険給付の対象としている。
(出典:厚生労働省保険局医療課 令和4年度診療報酬改定の概要【歯科】,p.77.)

 ☛ 諸外国の現況 ⇒ 社会保障制度;医療としての矯正歯科の位置について

 

日本の公的医療保険の流れ  歯科矯正に関するもの

 

大正11 1922年 (旧)健康保険法

昭和13 1938年 (旧)国民健康保険法

昭和20 1945年 終戦

昭和22 1946年 WHO憲章(健康の定義)

昭和26 1951年 WHO加盟

昭和33 1958年 国民健康保険法の制定

昭和36 1961年 国民皆保険の実現

昭和48 1973年 70歳以上の医療費が無料に(自己負担ゼロ)

昭和50 1975年 第76回国会 衆議院 社会労働委員会 第1号 昭和50年11月11日

             兎唇口蓋裂に対する健康保険診療範囲の拡大に関する請願(第1497号)

昭和51 1976年 第82回国会 参議院 社会労働委員会 第2号 昭和52年10月25日

             口唇裂・口蓋裂児の医療に関する件

昭和53 1978年 医療法改正により,標榜診療科 「矯正歯科」 「小児歯科」 の追加

昭和57 1982年 唇顎口蓋裂の保険導入

   ☛ 口蓋裂と矯正歯科―その保険導入の前後

   ☛ 谷間の口がい裂児:この子らに健保を

昭和58 1983年 老人保健法の施行

昭和59 1984年 職域保険(被用者保険)本人の自己負担1割

  そしゃく機能障害 ☛ 第101回国会 衆議院 社会労働委員会 第30号 昭和59年8月1日

平成02 1990年 顎変形症の保険導入

平成07 1995年 学校歯科健診に歯並びの項目が追加

平成08 1996年 顎口腔機能診断施設基準の追加

平成09 1997年 同自己負担2割

平成14 2002年 別に厚生労働大臣が定める疾患の追加

平成15 2003年 同自己負担3割

平成16 2004年 別に厚生労働大臣が定める疾患の追加

平成20 2008年 後期高齢者医療制度始まる

            別に厚生労働大臣が定める疾患の追加

平成22 2010年 別に厚生労働大臣が定める疾患の追加

平成26 2014年 別に厚生労働大臣が定める疾患の追加

平成27 2015年 医療保険制度改革法が成立

平成28 2016年 別に厚生労働大臣が定める疾患の追加

             (国民健康保険への財政支援の拡充、

              入院時の食事代の段階的引き上げ、

              紹介状なしの大病院受診時の定額負担の導入などが盛り込まれた)

平成30 2018年 国民健康保険の財政運営が、市町村から都道府県単位に変更

             別に厚生労働大臣が定める疾患の追加

            前歯3歯以上の永久歯萠出不全に起因した咬合異常(埋伏歯開窓術を必要とするものに限る。)

令和02 2020年 別に厚生労働大臣が定める疾患の追加

令和04 2022年 別に厚生労働大臣が定める疾患の追加

 

【歯科矯正の対象となる疾患】註:2022年現在.青字は法令改正による導入年度

学校健診で歯列矯正の受診勧奨を受けた場合,相談料・検査料は保険適用になります.「歯・口腔の健康診断のお知らせ」  を必ずお持ちください.

 ① 別に厚生労働大臣が定める疾患に起因した咬合異常

 ② 前歯及び小臼歯の永久歯のうち3歯以上の萌出不全に起因した咬合異常(埋伏歯開窓術を必要とするもの)平成30年(2018)改訂により追加, 令和4年(2022)改訂により「小臼歯」を追加.

 ③ 顎変形症(顎離断等の手術を必要とするものに限る。)平成2年(1990)改訂により追加,平成8年(1996)改訂より顎口腔機能診断施設基準が追加,平成20年(2008)改訂により実態に即した評価をおこなうため.歯科矯正診断料に係る診断を行う時期として,「一連の歯科矯正治療における顎切除等の手術を実施するとき」を追加.

 

 ① の「別に厚生労働大臣が定める疾患」は,令和4年度の診療報酬改定によって,下記61疾患まで拡大整理されています.

別に厚生労働大臣が定める疾患とは、次のものをいう。

昭和57年(1982)改訂により追加
(1) 唇顎口蓋裂

平成14年(2002)改訂により追加
(2) ゴールデンハー症候群(鰓弓異常症を含む。)
(3) 鎖骨頭蓋骨異形成
(4) トリーチャ・コリンズ症候群
(5) ピエール・ロバン症候群
(6) ダウン症候群
(7) ラッセル・シルバー症候群

平成16年(2004)改訂により追加
(8) ターナー症候群
(9) ベックウィズ・ウイーデマン症候群
(10) 顔面半側萎縮症
(11) 先天性ミオパチー
平成20年(2008)改訂により追加
(12) 筋ジストロフィー平成22年(2010)改訂により追加
(13) 脊髄性筋萎縮症平成30年(2018)改訂により追加

平成20年(2008)改訂により追加
(14) 顔面半側肥大症
(15) エリス・ヴァンクレベルド症候群
(16) 軟骨形成不全症
(17) 外胚葉異形成症
(18) 神経線維腫症
(19) 基底細胞母斑症候群
(20) ヌーナン症候群
(21) マルファン症候群
(22) プラダー・ウィリー症候群
(23) 顔面裂(横顔裂、斜顔裂及び正中顔裂を含む。)

平成22年(2010)改訂により追加
(24) 大理石骨病
(25) 色素失調症
(26) 口腔・顔面・指趾症候群
(27) メビウス症候群
(28) 歌舞伎症候群
(29) クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群
(30) ウイリアムズ症候群
(31) ビンダー症候群
(32) スティックラー症候群

平成24年(2014)改訂により追加
(33) 小舌症
(34) 頭蓋骨癒合症(クルーゾン症候群及び尖頭合指症を含む。)
(35) 骨形成不全症
(36) フリーマン・シェルドン症候群
(37) ルビンスタイン・ティビ症候群
(38) 染色体欠失症候群
(39) ラーセン症候群
(40) 濃化異骨症
(41) 6歯以上の先天性部分無歯症

平成26年(2016)改訂により追加)
(42) CHARGE症候群
(43) マーシャル症候群
(44) 成長ホルモン分泌不全性低身長症
(45) ポリエックス症候群(XXX 症候群、XXXX 症候群及び XXXXX 症候群を含む。)
(46) リング 18 症候群

平成28年(2018)改訂により追加
(47) リンパ管腫
(48) 全前脳胞症
(49) クラインフェルター症候群
(50) 偽性低アルドステロン症
(51) ソトス症候群
(52) グリコサミノグリカン代謝障害(ムコ多糖症)

令和2年(2020)改訂により追加
(53) 線維性骨異形成症
(54) スタージ・ウェーバ症候群
(55) ケルビズム
(56) 偽性副甲状腺機能低下症
(57) Ekman-Westborg-Julin 症候群
(58) 常染色体重複症候群

令和4年(2022)改訂により追加
(59) 巨大静脈奇形(頸部口腔咽頭びまん性病変)
(60) 毛髪・鼻・指節症候群(Tricho-Rhino-phalamgeal症候群)

平成30年(2018)改訂により追加
(61) その他顎・口腔の先天異常

8 7の(61)のその他顎・口腔の先天異常とは、顎・口腔の奇形、変形を伴う先天性疾患であり、当該疾患に起因する咬合異常について、歯科矯正の必要性が認められる場合に、その都度当局に内議の上、歯科矯正の対象とすることができる。

9 別に厚生労働大臣が定める疾患に起因した咬合異常に対する歯科矯正の療養は、当該疾患に係る育成医療及び更生医療を担当する保険医療機関からの情報提供等に基づき連携して行われる。